free ໒꒱· ゚

自分の記録.*・゚

「夜明け前の暗さ」 ・・・追記あり

 

 

「夜明け前が一番暗い」 

「明けない夜はない」

 

こういった言葉たちは、

人生の辛い時を乗り越える時の

励ましの言葉としてよく用いられますが、

 

「夜明け前が一番暗い」

という言葉、

 

まだ 形になっていないなにかを

生み出す(創造する)その直前に

一番暗く感じるのではないか

それは、まだ形になっていないからこそ

暗いのだ、と ふとそんなことを思いました。

 

前例がないとか、

周りであまりやっている人がいないから、

という理由で 自分の行動を セーブしたり

蓋をしてごまかしたり、

周りに合わせたりする人も多い中で、

 

自分の気持ちに忠実に 行動し表現しよう

とする時に、それに傾けるエネルギーは

かなり必要だと  思うのです。

 

 

.☆.。.:*・°

 

 

 

例えば  ですが、 

 

子供が 学校へ行かない選択をすると、

いろいろ周りに揶揄されたり非難される。

または、まだ 何も言われてないうちから

周りの目を気にしてビクビクしたり、

防衛本能が働いたりもする。

 

だけど、それは、多数決のようなもの。

少数派だからって、何も悪くないはずだし、

いまの社会に合ってないからといって、

だから 恥ずかしい訳じゃない。

 

選択に、ジャッジメントは いらない。

 

 

 

 

それよりも、

「自分がどうしたいか」

つまり、自分の軸。

 

周りに非難されないために○○をする

という視点で 無難に選択される行動、

それは つまり、他人軸です。

その他人軸による選択が 自分の感覚を

繰り返せば繰り返すほど、どんどん

自分の感覚を鈍らせていくことになる。

果たしてどこまで 意味があるのだろうと

正直、思うのです。

 

 


f:id:earth8888nana:20180215031513j:image

先日の散歩から゜:。* ゜.

 

 

 

 

自分の素直な気持ちを

ちゃんと感じられる人であり、

それを豊かに表現できる 

人間味ある人になってほしい

と、私は 我が子に対して

そう思っています。

 

自分の感情を殺して

周りに合わせて生きるのは

とても 苦しいことだと思うから

 

自己犠牲ではなく、

自分らしさを 追求してほしい。

自分の軸で生きられる人になれるよう

いまは、その視点で

子供を見ています。

 

 .☆.。.:*・°

 

 

どんなことにも言えることだけど、

経験しないとわからない気持ちがあって、

経験したからこそわかる痛みがある。

 

うちの息子は、起立性調節障害

簡単に理解される症状ではなく、

これまで、いろんな気持ちを味わい

いろんな経験をしました。

 

その悲しみや辛さは、

同じ経験をした人にしかわからないと

思います。

 

そうした経験を重ねるうちに

痛みや悲しみを 多く知る奥深い人は、

ある意味、その痛みを知るだけに

人にかける言葉が少なくなるのかも、と

感じる瞬間も 多くなりました。

簡単に、軽い言葉は言えない時って

ありますよね。

相手の気持ちを思うほど。

 

痛みを本当に知る人は、

やはり深みを増していく・・・

人生に無駄なことはひとつもない、

そう思います。

 

 

そして、

正解探しをして苦しくなるよりも、

寄り添うだけで いいのかもしれない。

自分に寄り添う、人に寄り添う。

価値観なんて 十人十色なんだから。

正しい人なんて、世の中には

一人もいないのだから。

自分の価値観に 蓋をしなくて

いいんだと思います。

 

 

 

「夜明け前が一番暗い」 

 

前例がない、ただそれだけで

脇に追いやられたり、却下されることが

いまの日本社会では、多い気がします。

 

夜明け前の暗さ。

それは、一人一人が その暗さに

逃げずに向き合う必要があるんじゃないか

そのために、一番暗い時があって

その覚悟を問われるんじゃないかと

ふっと、そう感じました。

 

 

子供を育てるって、

自分に向き合うことだと

今になって 改めて感じています。

 

自分の良さも弱さも、明るみになる。

ある意味 その弱点がむき出しになるくらい

強烈に感じて それがつらい時もあって、

 

そんな時は 自分の波立つ感情に

直視できないくらい打ちのめされる時も

度々ありました。

 

これまでの自分の子育ては

まるで諸刃の剣のようだったのかもしれない

と、今になって思います。

 

 

今ならわかることがある。

今だから言えることがある。

 

息子にいつも教えられてばかりです。

私は、夜明け前の暗さを

ずっと見ていたのかもしれない。

それを見せてくれたのは息子だし、

この気持ちをくれたのも息子でした。

 

やはり、これからの新しい地球に生きる

新しい感性を持って生まれたからこそ、

私は 息子の子育てに戸惑うことが

多かったのかもと 今になれば思うし、

子供の持って生まれた本質によっても

子育ての大変さは 大きく変わると思うので、

母親が必要以上に自分を責める必要も

特に なかったのだと、

今になってみるとそう思います。

 

 

息子が 起立性調節障害になってからは、

私自身、自分に向き合うこと、

自分から逃げないことに真っ直ぐに

やってきたのですが、

結果的に それが 息子に向き合うことに

繋がっていった気がしています。

 

誰かの問題を背負い込む必要はない。

自分の問題と他人の問題をすり替えて

有耶無耶にしてしまうのはもったいない。

 

子供の問題を通して、みるべきは何か。

本当に 向き合うポイントは、何なのか。

それを、いつも 感じています。

 

一見、子供の問題   

・・・にみえるできごとは、

本当に どこまでが誰の問題なのか。

一番大切なのは・・・。

 

 
f:id:earth8888nana:20180215032917j:image

 

 

夜明け前の暗さ、

前例がない・・・、ということ。

 

それは

轍がない状態、道がない 状態

なのだとしたら・・・。

 

 


f:id:earth8888nana:20180215081834j:image

 

 

だったら、道を 作ればいい。

気づいた今から 作ればいい。

 

シンプルに、

いま この一歩を

踏み出すだけ。

 

ただ、やるだけ。

 

 

 

自分の感覚を

信じてあげられるのは、

自分だけだから。

 

自分が感じている

いまの気持ちを 大切に・・・

 

 

 

 

自分の 感覚を大切にすること

 

それが、夜明け前の暗さを

自分の力で乗り越えるための

大切な鍵になると 思うから・・・

 

 


f:id:earth8888nana:20180215032902j:image

 

 

生きていると、「夜明け前の暗さ」

を 感じる時は 多々あります。

例えば、 私は 魂的に 開拓の民のようで

道なき道を作る性質を 持っている部分があり

やはり、そういうタイプの人は

いつも 模索して 道を作り続けているから

誰かの作った道は 歩けないのです。

 

夜明け前の暗さは 常につきまとうけれど、

それはきっと、魂が決めてきたこと。

それを 逆に楽しむ強さが

「地球を生きる」 ってことなんじゃないかと

いまは、そう 感じています。

 


f:id:earth8888nana:20180215084131j:image

苔の上で発芽したどんぐり

 

 

 

 

 各種レイキ伝授・ヒーリング・講座etc. HP

rainbow earth garden ~光の庭~